2008/5/25 聖日礼拝

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退院しました!!

昨日、ムスメが退院しました。

「週明けに退院」・・・の予定でしたが、
主人が今日学院に戻ることもあり、自宅にて経過を観ることになりました。

幸い、熱もひきました。
水疱瘡が出ているため、しばらくは外出禁止ですが・・・
            (やんちゃムスメなので、ジッとしてなさそうです、苦笑)

水曜日に脳波の検査を受けます。
また、今後一年間、再発予防の観察治療を受ける事になっています。
・・・が、すでに主が完全な癒しを成して下さっていると信じて、感謝します。


このブログをご覧になり、お祈りくださった皆様、
本当にありがとうございました。

ちょうどムスメが入院した前後、お腹(私の)がカチコチになっていたため
付き添いで(お腹の子に)ダメージが出ないだろうか?ということも頭をよぎりました。

神様が速やかに主人を送ってくださった事、
背後で多くの方が、ムスメの事に併せてお腹の子のことも祈って下さっていた事、
ただただ感謝しております。


昨日戻って来たムスメに、ムスコも大喜びでした。
水疱瘡がムスコに感染していないかどうか??? 気になるところですが。



心からの感謝を込めて、
皆様の上に主の祝福をお祈り申し上げます。

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病院にて・・・

昨夕、ムスメの様子が急変した。
直前まで近所のお友だちと元気に遊んでいたのに・・・。

目が空ろになり、ろれつが回らなくなり、意識を失ってしまった。
すぐに救急にかかり、治療を受け入院した。

いまは意識も言語障害も回復している。
熱が下がり再発の兆候が消えるまで入院して、精密検査を受けることになっているが、
早ければ週明けには退院出来そうだ。


ホッとした。


あとで考えると、兆候はあった。
あまりにも小さくて、周りの親しい方々にも気付けなかったくらいの兆しが。
母親のわたしですらも見逃しそうだったけれども、
気付いて早急に手当てを受けることが出来たのは、神様の憐れみだと思う。


さすがに意識を失った当初はかなり動揺したが、
祈りながら諸準備を進めるうちに落ち着きを取り戻した。




深夜、荷物を取りに一旦帰宅すると、玄関のチャイムが鳴った。
いつもムスメを可愛がりよく預かってくださる近所の方だった。
開口一番、叱られた。
「一人だけで背負ってたらイカン。
お腹に子もいるんだし、自分も安静中なんだから。
慌てて運転して事故でもしたら元も子もないし、もっと周りに頼りなさいっ」

有難いことだと、心から感謝した。
見ず知らずの土地だったこの地で、
神様は素敵な方々との出会いを備えてくださっている。
ご好意を受けるばかりの者だけれども、
この方々すべての救いを、まことの主に叫び求めずにいられない。


ちなみに、ムスコはと言うと、
パワーが有り余っているようで、
病院のベッドの上(柵に囲まれている)で、飛び跳ねている。

080522_hospital.jpeg





追記:
そのようなわけで、教会(自宅)は留守にしております。
ご了承ください。

たぶん、今夜か未明には主人が到着し、付添いを交替してくれることになっています。



追々記(5/22 17:15):
主人は予定より早く、昼過ぎに戻ってきました。
生駒の先生方、兄姉方、お祈りありがとうございます!
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「あしあと」

昨朝祈っていた時に、ひとつの思いを抱きました。

「わたしの歩み・向かっている方向は、イエス様と同じ方に向いているだろうか?」

心に抱いている思いや感情は、御言から反れていないだろうか???
判断基準が、神様中心、ではなくて、自分もしくは他者中心になってないだろうか?

『軸』をいつもリセットしていくことの大切さを覚えます。


そういったことを思いめぐらしていた時に、フト、
ある方からプレゼントしていただいた栞に書かれている詩を思い出しました。


とても有名ですので、ご存知の方が多いかと思うのですが・・・
まず、この詩にまつわる素敵なエピソードをご紹介して、詩を転載しますね。

+++++++

この詩の作者は長い間、作者不明とされていたのですが、
思いがけないところから作者が判明したそうです。

カナダに住むマーガレット・パワーズさんは、
夫と娘が水難事故に巻き込まれ、自分も腕を折るという試練の時に、
「この詩をお読みになれば、きっと励ましになると思うの」と
看護婦さんがご主人に読んでくれたという詩を開いて驚きました。
なぜならそれは彼女が若い頃に作った「フット・プリント」という詩だったからです。


【あしあと】
ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」
                マーガレット・F・パワーズ
      (translation copyright(C)1996 by Pacific Broadcasting Association)


【Footprint】
One night I dreamed a dream.
I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
one belonging to me
and one to my Lord.
When the last scene of my life shot before me
I looked back at the footprints in the sand.
There was only one set of footprints.
I realized that this was at the lowest and saddest times in my life.
This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
"Lord, you told me when I decided to follow You,
You would walk and talk with me all the way.
But I'm aware that during the most troublesome times of my life there is only one set of footprints.
I just don't understand why, when I needed You most,
You leave me."
He whispered, "My precious child,
I love you and will never leave you
never, ever, during your trials and testings.
When you saw only one set of footprints
it was then that I carried you."
              (copyright(C)1964 by Margaret Fishback Powers)







+++++++
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2008.5.18 聖日礼拝

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ゆとり

先日の「点滴」の記事を読んだ方からご心配の声をいただきました。
お祈りいただきありがとうございます。


補足になりますが・・・、
「ちょっとは手伝え〜」と私から思われていた主人。
決して、゛何も”手伝わなかったわけではないのです(笑)
手が空いた時には食事も作ってくれましたし、買い出しもお風呂掃除もしてくれました。
ヘアカットにはムスコと出かけてましたし、
訪問伝道にはいつものよいにムスメ同伴でした。
「なぁんだ!けっこう手伝だってるじゃないの〜っ!!」・・・ですよね(笑)

ちなみに、ムスコへのお祝メールは、一日遅れでしたがきました。
おそらく、ブログを読んで慌ててメールしたと思いますが・・・





話は変わって。

毎朝、6時台に、犬と散歩をしている男の子がいます。
わたしはちょうど早天祈祷中なので、窓越しに様子を伺いつつ、祝福を祈ります。

今朝は珍しくその少年を見かけず、
代わりに彼の父親らしき方が犬を散歩させていました。

゛犬と散歩する゛少年と、゛犬を散歩させる゛男性。
犬は同じ犬なのですが、なんというか光景(様相)はだいぶ異なります。
少なくとも私の眼には異なって見えました。

お察しいただけるでしょうか??



天候にもよりますが、毎日なるべく子どもたちと外遊び&散歩をしています。
自分のコンディション(心身、スケジュールの)に余裕がある時には
楽しく思うこれらのことですが、
その逆の時には、私も子どもたちも楽しくありません。
散歩していても、子どもたちの歩調に合わせるのが苦痛で仕方なくなります。


来客や電話なども、あると嬉しいものですが、
スケジュールが押していたり、自分になにか不具合があったりすると、
心から喜べないようにも思います。


義母がこちらに遊びに来てくれるときには、
よくムスメと連れ立って近所を散歩しています。
時々、ムスコと私も一緒についていくことがあるのですが、
観察していると、
野花を摘んだり、枝を拾ったり、歌をうたったり、・・・。
の〜んびり、ゆ〜ったりと、ふたりの周りの時間だけゆっくりに思える程です。
ムスメと過ごすひと時を心から楽しんでいることが伝わってきます。

孫と過ごすために来ているので、ほかに予定が入っているわけでもない。
時間(スケジュール)的にも余裕があることが要因の一つでしょう。
けれども、ムスメの心底嬉しそう&穏やかな表情を見ていると,
「あ〜、わたしの『境界線』。もう一度見直す必要あるかもなぁ」と思うのです。






コロサイ人への手紙 3章15〜16節
”キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。
 そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。
 また、感謝の心を持つ人になりなさい。
 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、
 知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、
 詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。




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ペンテコステの日 & 母の日 

きょうはペンテコステの日
母の日、でもある。

礼拝はスペシャル・プログラムで、
賛美の後、DVD(「三本の木」)観賞、ショートメッセージと続いた。
先週に引き続き、市内のALTの姉妹が友だちと一緒に出席してくれた。

(よく遊びにきてくれる近所のお友だちはあいにく外出していたようで、残念だったが)

我が家の子どもたちは、いまのところ、日本語でも英語でも問題ないので
DVDもショートメッセージも英語だけれども、
賛美はバイリンガルになってしまう。
英語に限らず・・・だけれども、わたしには、外国語で歌うのがけっこう難しい。



小さい頃から「大きくなったら,私、クリスチャンになるからね」と
母に宣言していた。
理由はいまだによくわからないのだけれども、
アフリカへの想い(貧しいこどもたちに”いのち”を届けたい、という夢)とか、
マザーテレサへの尊敬心とか、
そういうものが幼いながらも心の根底にあったのかもしれない。

その後、短大で、クリスチャンの友人と出会い、
彼女の『1日も欠かすことのない宣教』を通して聖書を読むようになった。
そして、祖父の死を通して、自分の罪深さを思い知って、イエス様を信じた。
でも、なぜか、洗礼をうけるのが怖かった。
洗礼を受ける=献身、だと私の中では思っていた。
あと、クリスチャンになったら世界が狭まるんじゃないか?とも思っていた(苦笑)。

それから、5年くらい後、
「やっぱり、もう、イエス様しかいない〜〜〜〜」と思うような出来事を通して
母教会の礼拝に出席するようになり、
聖霊のバプテスマを受け,洗礼を受け、聖書学院に入学した。

昔のような気ままな一人旅はしなくなったし、
日曜日に友だちと遊ぶ予定を入れないことなどから疎遠になった関係もあるけれど。

世界が狭まるどころか、世界が広がったことを実感している。

この、山に囲まれた下呂にいても、
世界中のリバイバルと各地の牧師・宣教師・教会のために祈れるし、
世界中に主にある家族がいることも知っている。

身近なところでいうと、義母。
主人の母とは、信仰の友・祈りの友でもある。


聖書という同じ土台の上に生かされていることは、とても幸いだと思う。



「母の日」といわれても、いまだにピンと来なくて、
自分の母親と義母の姿を思い浮かべる。
ALTの友だちも、「I am not mother」と笑いながら、
今日のスペシャル礼拝を記念したスモール・プレゼントを受け取ってくれたので、言った。
「You are mother ! Spiritual mother of someone, aren't you ?」



You, too. Are you ready ?」to all who read this blog.

使徒の働き 1章8節
”しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
 あなたがたは力を受けます。
 そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、
 わたしの証人となります。”



Psalm 51:10~13
"Create in me a pure heart, O God,
and renew a steadfast spirit within me.
Do not cast me from your presence
or take your Holy Spirit from me.
Restore to me the joy of your salvation
and grant me a willing spirit, to sustain me.
Then I will teach transgressors your ways,
and sinners will turn back to you."





+++++++
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2008.5.11 聖日礼拝

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不思議な一致

ムスコが2歳になった。

「え〜、もう2歳? この間生まれたばっかりなのに・・・
 よその子(の成長)は早いね〜」と近所の方々が口々におっしゃる。

いやいや、当事者にとっても、ムスコに関しては早かったように思う。
ムスメの場合、初めての子だし、何からなにまで分からないことばかりで
ひとつひとつをものすごく悩み、考え、祈り過ごしてきた(現在進行中)が、
ムスコの場合、あまり手をかけてこなかった気がする。

でも、最近、トイレに興味をもつようになったムスコの姿を見て、
”彼”の子育てについてももっと学ばないと!!と思わされている。
なぜ?って、トイレの使い方って、違いますよね〜、私とは(笑)。



誕生日に先駆けて、双方の実家からプレゼントをいただいた。
ムスコのみならず、ムスメにも。

その、ムスコへのプレゼント・・・
義母からは犬のぬいぐるみと乗り物絵本(音が鳴る)。
鹿屋の両親からはパトカー(サイレン音が鳴る)。

なんと! 双方とも、乗り物関連、しかも音つき。 すごい一致だ!!
絵本に載っているパトカーと動くパトカーが同じであることをムスコは大喜び。
朝起きてから夜寝るまで、サイレンを鳴らして遊んでいる。

なんだか、朝から晩まで、ケーサツに追われているような心境だ。(苦笑)



ちなみに私たちからのプレゼントは、DVD「三本の木」



そういえば、主人からの『お祝いコール(メール)』が来ていない。



「お〜い、きょうはムスコの誕生日ですよ〜〜〜〜」 to my husband.  (笑)
                    
                  



申命記31章11〜13節
”イスラエルのすべての人々が、主の選ぶ場所で、
 あなたの神、主の御顔を拝するために来るとき、
 あなたは、イスラエルのすべての人々の前で、
 このみおしえを読んで聞かせなければならない。
 民を、男も、女も、子どもも、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も、集めなさい。
 彼らがこれを聞いて学び、あなたがたの神、主を恐れ、
 このみおしえのすべてのことばを守り行なうためである。
 これを知らない彼らの子どもたちもこれを聞き、
 あなたがたが、ヨルダンを渡って、所有しようとしている地で、
 彼らが生きるかぎり、
 あなたがたの神、主を恐れることを学ばなければならない。”





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サクソフォンとゴスペルの夕べ

先日、いずみ荘さんでお世話になった際、見掛けたポスター。

下呂聖書教会の特別集会の案内だった。
なんと! あの岸先生(JTJ神学校の)のサックスコンサート。


短大時代、友人(救いに導いてくれた)のお母さんからいただいた本を読んで以来、心に残っていた主の器・・・。
すごく楽しみにしていた。
そして今夜、出かけてきた!
7時からの開演に間に合わず、聴けたのは後半のみだったけれども。
心にゆっくりと染み渡るような音色の中、しばしの休息を得た。
メッセージは、かなり短い、心に残る分かりやす話だった。いらっしゃっていたノンクリスチャンの方々も、終演後にそのような話をされていた。

帰宅後、ムスメは、いただいてきたトラクトをハサミで切り始めた。
「何するのだろ〜?」と興味津津に観察していると、「ほら、ママ。プープー」とサックスのイラストを差し出した。「せんしぇい、プープー上手だったね〜。」
それから、「プープーしたいっ」とブロックを組んでサックスに似たものを作り、プープーと言いつつご満悦の様子だ。
すごいな!と思うのは、ちゃんと両方の指を音に合わせて動かしていること。
こどもの観察眼には脱帽させられる。





ちなみに、プレゼントされて感銘を受け、何度も読み返している岸先生の本について。
タイトルは「あなたと考える愛というテーマ」だったかとおもう( もう廃刊になっているかもしれないが・・・)。
エリザベス・エリオット師の「情熱と純潔」と併せて、若い時に出会えて良かったなぁ!と実感している本である。
中高生やそのご両親・結婚前の方々には是非とも読んでいただきたいと思う。
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点滴

昨日から今日にかけて、兵庫から義母と義弟夫婦が下呂に足を運んでくれていた。
目的は、ムスコの誕生祝い。

義母は、ムスメとムスコの誕生日あたりに毎回お祝いに来てくれる。
お手製のチーズケーキ(これまで食べたどの店の品より美味!!)と
ふたりへのプレゼント(誕生日でない孫へも用意してくれる)を携えて・・・
とても感謝なことだ。

当初の予定では、今朝、生駒(学院)に戻る主人と共に車で帰ると聞いていたので、
「え〜、せっかく遠くから来てくれるのに・・・。
 (義弟夫婦は)新婚さんだし、高山とかゆっくり見てきたらいいのになぁ」と
内心思っていた。
すると、やっぱり、義弟夫婦は高山観光に出かけることにしたらしい。
                          (良かった!!)

義母は我が家に来て子どもたちの相手をしてくれた。
これは本当に助かる。

実のところ、GW前、お腹の張りがひどいことなどから入院を勧められていた。が、
「家人(=子どもたちの面倒をみる人)がいないので」と断った。
体調の悪いとき等は、隣町の教会の牧師先生が子どもたちを
預かってくれることになっているので問題はないのだけれども・・・
「もうすぐGW。主人が帰ってくるから、休ませてもらおう」と思っていた。

しかし、である。
GW中、主人は学院のレポート、礼拝の準備のため礼拝堂にこもっていた。
空いた時間は、訪問したり、ヘアカットに出かけたり・・・という状況。
久しぶりにパパと遊んでもらいたかったであろう子どもたちは、
結局わたしの所に来る or 隣の家に行く or 近所でいたずらをして捕獲されてくる
                                (苦笑)

「休めない〜、寝てられない〜、お腹張る〜っ。ちょっとは手伝え〜〜〜〜っつ。」
わたしの中では、イライラが募って頂点に達しつつあった。


そのような中で迎えた5月5日〜主人の家族の来訪日。
家事を済ませ、昼食の用意を整えたわたしは、
主人が迎えに出かけたのを見計らって、トンズラした。
(こども2人だけで残せないので、駐車スペースに到着したのをの確認してから・・・)
無論、主人には前もって伝えたけれども、おそらく私の声は耳に入ってなかったと思う。


近くの公園で、大雨の音に隠れて、泣きに泣き、叫びに叫んできた。
賛美して、祈って、聖書をむさぼり読んで、祈って、
デボーションノートに心境や祈り、御言を書き留めて(書きなぐって?!)
    ・
    ・
    ・
この、正味1時間の『プチ家出』のおかげで、わたしはスッカリ元気になった。
やっぱり、神様の懐に居るのがよい。


義母も義弟夫婦も、出迎えをすっぽかした失礼な嫁(義姉)を批判するでもなく、
共に、美味しいチーズケーキをほおばりながら、
ちょっと早めのムスコの誕生日祝いをした。




その後、温泉街の旅館(いずみ荘さん)に移動したわけだが、
急に主人が腹痛を訴え始め、休日救急にかかることになった。
医師によると、
「胃に問題があるようだけど、
 休日で詳しい検査ができないから後日精密検査を受けて下さい」とのこと。
とりあえず点滴をしてもらった。
1時間以上かかるとのことだったので、主人の腹部に手を置いて、
1時間かけてマラナタの祈りをした。
祈りの途中、癒されたのがよく分かった。
実際、旅館に戻った主人は、
「おかゆだけにしてください」というアドバイスを耳にしなかったかのように
飛騨牛もついた夕膳をパクパクと平らげてしまった。
                       ハレルヤ!!



今朝早く、主人は元気そうに学院に戻った。
義母も、義弟夫婦も、夕刻、ワイドビュー飛騨で帰っていった。

なんだか、ちょっと(かなり)さびしい。
でも、父なる神様の御腕の中で、とても平安だ。



今日の”点滴”(笑);
マタイによる福音書11章28〜30節
”すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
 わたしがあなたがたを休ませてあげます。
 わたしは心優しく、へりくだっているから、
 あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。 
 そうすればたましいに安らぎがきます。
 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。”




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2008/5/4 聖日礼拝

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おしりペンペンっ

私の中で心がけていることがある。
「バカ」「アホ」「くそったれ」etc、といったような汚い言葉を口に出さない。


今まで生かされてきた日々の中で、フツーに耳にし、口にしてきたこれらの言葉。
気をつけないと、すぐに口に出てしまう程、浸透してしまっている。
聖書を読むようになって、極力、口に出さないよう努めてきたのだが、
子どもたちには口にして欲しくないし、こういう言葉を耳にして欲しくない
そう思って、ムスメを授かってからは、それまでに増して、気をつけている。

だが、しかし、先日、ムスメが、お友達の家から戻って来て、わたしに言った。

「あっち行って。ば〜か」

その後も、「バカ」を連発している。
しばし絶句した後、口元をたたき、唇をつねりながら叱った。
「今度バカと言ったら、怒るから。お尻ペンペンだからねっ!!」




わたしの『お尻ペンペン』は、長年のテニス仕込み。
フルスイングで叩くのでかなり効く。
それゆえ、ムスメは、その言葉を口にしない。



そして、昨日のこと。
一枚のハガキが、私宛に届いた。
裏返して文面に目を通すと、『民事訴訟最終告知書』というタイトルがあり、
送り主は『法務局認定法人 民事訴訟通達管理事務局」とのこと。

中身は、大まかに転載すると・・・・
「納付されていない消費料金について契約会社、運営会社から
民事事件として訴状の提出をされ、訴訟手続きが開始されている事をご通知いたします。」

「主婦の私が、自分の名義でローンを組んだり、クレジットカードを作ったり、
 出来るわけがなかろ〜。(注:出来るところもあるかもしれませんが・・・)
 こんなアホなことして、暇人め。ハガキ代がもったいなかろ〜、馬鹿者め」

けちょんけちょんに言いながら、ビリビリに破いてゴミ箱に捨てる私・・・

その一部始終を横で見ていたムスメは、やおら立ち上がり、言った。

「ママっ、バカ、メッよ。おしりペンペンよっ!!」

その後、ムスメとムスメにおしりをペンペンされたことは言うまでもない。
                             (苦笑)






マタイによる福音書15章11〜19節
”口にはいる物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します。
       〜省略〜
 口に入る物はみな、腹にはいり、かわやに捨てられることを知らないのですか。
 しかし、口から出るものは、心から出て来ます。
 それは人を汚します。
 悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、ののしりは
 心から出て来るからです。
 これらは、人を汚すものです。
 しかし、洗わない手で食べることは人を汚しません。




*******
ご参考までに。
なにか怪しい文書や電話が入った場合には
国民生活センターに確認すると、詳しい情報・アドバイスをくださいます。
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そわそわ。きゃっきゃっ。でも、やっぱり・・・

昨夜、主人が久しぶりに帰宅した。
さらに一回りスリムになっていたが(・・・日に日に太くなる私とは対称的)、
元気そうだ。
学院での学びも、奉仕教会での礼拝も充実しているようで、生き生きとしている。
思い切って送り出して良かったなぁと思った。


ムスメには、朝から「きょう、パパが帰ってくるよ〜」と伝えていた。
その度に玄関に走り、「おかえり〜」を連呼していたのだが、
実際に帰宅した時には、玄関までのお迎えはなく、実にアッサリとしていたようだ。
ムスコに至っては『抱っこ』されることも拒絶していたらしい。
 
なぜ、「・・・・ようだ」とか「・・・・らしい」という表現になるのか???
実は、帰ってきた時間、わたしは待ちくたびれて寝てしまっていたのである。
                          (苦笑)
もちろん、その後すぐに起きて、夕食を一緒にしたけれども、
再会の様子を聞いて、なるほど、なるほどと思った。

夕食の後、それぞれにお土産をもらった子どもたちは、
(子どもたちにはおもちゃだったが、わたしにはなぜか”パイの実”だった)
主人から離れようともせずベッタリだ。

その光景を見つつ、
「しめしめ。連休中は”大の字”で寝れるわい!!」と内心思っていた。
しかしながら・・・・
主人の布団に追いやったはずの子どもたちは、
そろいも揃って大泣きを始め、結局は、いつものごとく、
ムスメとムスコと私の3人が”変則*川の字”で寝ることになった。
       (真ん中に私が寝て、その左右に子どもたちが寝る)

2人とも寝相が悪いので、真ん中の私は寝た気がしない。
でも、まぁ、いいか。

今日は、朝から、ムスメは主人の背中にしがみついて離れない。
おんぶ紐が板についている主人の姿は、端から見ていて愉快である。





イザヤ書 30章15節
”神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。
 「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、
  落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」”




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