わたしの隠れ場
2007'07'29(Sun)20:32
遅ればせながらで恐縮しつつ・・・
このたびの中越沖地震で被害に遭われた方々、
そのご家族、ご親戚の方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
皆様の上に、また復興のために尽力されている方々の上に、
すべての源である主イエス・キリストさまの慰め、励ましがありますように。
お祈りしております。
+++++++++++++++++++++++++++
前回のブログ更新からずいぶん間が空いてしまいました。
「そろそろ更新しよう」と毎日のように思いつつ・・・
今朝、礼拝前に、メッセージの原稿を入力し、
ついでに(?)メールチェックをすると
四日市で教会を開拓している友人からメールが届いていました。
「お元気ですか?
最近ブログの更新がないからメールしてみました。・・・(以下省略)」。
離れていても毎日のように祈り合っているご夫妻です。
「こりゃあ、そろそろ更新しないと・・・」
励ましを背に受け、ようやく重い腰を上げて、PCに向かっています。
今月の14日、
「今日は古川の教会の牧師ご一家と交わりの時が与えられました。・・・」という内容の
記事を書こう!と心の中では思っていました。
でも、その14日の朝。
ある出来事が起こりました。
そのため、あまりにも心が痛くて、主人にも話せない程にしんどくて、
「一刻も早く、神様と2人きりになって心も身体も投げ出したい!」
そう思っていました。
でも、お昼前に始まる交わり会のための買い出しもしていない。
家事もある。子どもの世話もある。・・・
そんな調子のまま刻一刻と時間は過ぎ、先生方がお見えになりました。
「笑顔でお迎えして、この時をなんとか過ごそう!」と気合いを入れてみました。
でも、です。
まだ出会って間もないし、お目にかかる機会も少ないのですが、
本当に心から尊敬し信頼できるご家族を前にして、
隠すことはやめにしました。
泣きながら、伝えました。
いま、思いがけない出来事のために心が痛いということ。
泣きたいということ。
神様の前に静まりたいということ。
そして、先生方と家族を残し、2階へと駆け上がりました。
しばらくして主人がやってきて、先生方がお帰りになったことを知りました。
「1時間半もかけてはるばる足を運んでくださったのに・・・
わたし一人のために、申し訳ないことをした。」と思い、謝罪のメールを入れました。
その日のうちに、ご夫妻それぞれからメールをいただきました。
責めるどころか、このような時に遣わされたことを感謝する旨のメッセージ。
イエス様のご愛がそのまま流れ出てくるかのような文面でした。
”神である主は、私に弟子の舌を与え、
疲れた者をことばで励ますことを教え、
朝ごとに、私を呼びさまし、
私の耳を開かせて、私が弟子のように聞くようにされる。”
聖書 イザヤ書50章4節
それから2週間、相変わらずの充実した(忙しい)日々ではありますが
普段以上に、『隠れ場』で過ごす中で、回復を得ています。
++++++++++++++++++++++++++++++
”いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。
私は主に申し上げよう。
「わが避け所。わがとりで。私の信頼するわが神。」と。
主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。”
聖書 詩篇91篇1〜3節
このたびの中越沖地震で被害に遭われた方々、
そのご家族、ご親戚の方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
皆様の上に、また復興のために尽力されている方々の上に、
すべての源である主イエス・キリストさまの慰め、励ましがありますように。
お祈りしております。
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前回のブログ更新からずいぶん間が空いてしまいました。
「そろそろ更新しよう」と毎日のように思いつつ・・・
今朝、礼拝前に、メッセージの原稿を入力し、
ついでに(?)メールチェックをすると
四日市で教会を開拓している友人からメールが届いていました。
「お元気ですか?
最近ブログの更新がないからメールしてみました。・・・(以下省略)」。
離れていても毎日のように祈り合っているご夫妻です。
「こりゃあ、そろそろ更新しないと・・・」
励ましを背に受け、ようやく重い腰を上げて、PCに向かっています。
今月の14日、
「今日は古川の教会の牧師ご一家と交わりの時が与えられました。・・・」という内容の
記事を書こう!と心の中では思っていました。
でも、その14日の朝。
ある出来事が起こりました。
そのため、あまりにも心が痛くて、主人にも話せない程にしんどくて、
「一刻も早く、神様と2人きりになって心も身体も投げ出したい!」
そう思っていました。
でも、お昼前に始まる交わり会のための買い出しもしていない。
家事もある。子どもの世話もある。・・・
そんな調子のまま刻一刻と時間は過ぎ、先生方がお見えになりました。
「笑顔でお迎えして、この時をなんとか過ごそう!」と気合いを入れてみました。
でも、です。
まだ出会って間もないし、お目にかかる機会も少ないのですが、
本当に心から尊敬し信頼できるご家族を前にして、
隠すことはやめにしました。
泣きながら、伝えました。
いま、思いがけない出来事のために心が痛いということ。
泣きたいということ。
神様の前に静まりたいということ。
そして、先生方と家族を残し、2階へと駆け上がりました。
しばらくして主人がやってきて、先生方がお帰りになったことを知りました。
「1時間半もかけてはるばる足を運んでくださったのに・・・
わたし一人のために、申し訳ないことをした。」と思い、謝罪のメールを入れました。
その日のうちに、ご夫妻それぞれからメールをいただきました。
責めるどころか、このような時に遣わされたことを感謝する旨のメッセージ。
イエス様のご愛がそのまま流れ出てくるかのような文面でした。
”神である主は、私に弟子の舌を与え、
疲れた者をことばで励ますことを教え、
朝ごとに、私を呼びさまし、
私の耳を開かせて、私が弟子のように聞くようにされる。”
聖書 イザヤ書50章4節
それから2週間、相変わらずの充実した(忙しい)日々ではありますが
普段以上に、『隠れ場』で過ごす中で、回復を得ています。
++++++++++++++++++++++++++++++
”いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。
私は主に申し上げよう。
「わが避け所。わがとりで。私の信頼するわが神。」と。
主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。”
聖書 詩篇91篇1〜3節


」
どれだけ必死に探したか、神様だけはご存知だ〜。


