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***

去年の今日も、一昨年の今日も、その前の年も。

同じ内容をこのブログ上で記しておりますが・・・。


今年もやっぱり書かせていただきます!!


本日、11月3日は、
私にとって、大切な記念の日です。



   ☆☆

一つは、前の記事に書きましたように、
母教会で初めて礼拝をした日から13回目の記念日』。



そして、もう一つ。


IMG_2043.jpg

6本のローソク。


子どもの誕生日、ではありませんよ。上の子どもは4才ですから・・・


結婚して6度目の記念日です。。
              


今日から7年目に入りました。

もう、奇跡でしょう。ほんとうに。
結婚1年目の私たちにインタビューすることができるならば、
きっと腰抜かしてると思います。

憐れみ深い神様が、
私たち夫婦を絶えず赦し、絶えず祝福し、
ここまで導いてくださったことに心から感謝しています。


IMG_2044.jpg

ケーキは、
夫から私へのプレゼントとして、夫が焼いてくれたもの。

たっぷりとアップルが入っていて、とってもフルーティ。
しかもフワフワです。


記念日の2日前に家族5人でいただきました。


私から夫へのプレゼントは、おそらくまだ船の中・・・。



***

今日の夕景。


IMG_2046.jpg


珍しく、南の空の写真です。

IMG_2045.jpg


今日は、夫の友人の結婚式でした。

家族揃って出席させていただく予定でしたが、
ムスコとジナンの風邪がまだ完治していないため、
夫とムスメの2人が出席させていただきました。


パパと2人で電車に乗ってお出かけすることを知ったムスメは、
昨夜からソワソワ・ドキドキして、なかなか寝付けなかったようです。
今日も朝早くから、何度も何度も、スケジュールの確認をしていました。

私は、着ていく服を揃えて,髪の毛をゴムとカチューシャでまとめて、
あとは自分の用事をしていました。

そして、いざ出発。

最寄りの駅(生駒駅)まで車で送り、
ルンルンと踊りながら歩くムスメの足下を見て 「!!!


「なんで、よりによって、雨靴。‥‥‥‥」


でも、本人は気にしている風でもなく、
結婚式と、パパとのお出かけを満喫してきたようでした。


***

夜。


IMG_2047.jpg

今夜は満月ですね。(月齢カレンダーでも念のため確認してみましたら、満月でした。)


屋根の上に見えた真ん丸な月に、子どもたちは大興奮!!



その後、やっぱり、裏庭からの写真も撮ってます。(笑)

   IMG_2048.jpg


***

写真は、フィルムで写すのが好きです。
一眼レフで、リバーサルフィルム。

でも、最近は、もっぱらiPhoneで写しています。




おきてがみ


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*today's memo*

ー私自身の備忘録としてー

シスター渡辺和子の著書「愛と励ましの言葉366日」より抜粋。

●人生にも冬がある。
 こればかりは、石油で暖めることが出来ない寒さであり、辛さである。
 人生の冬も、遠ざけようとしたりしないで、
 むしろ、すすんでその魂と生命にふれ、冬の間は冬を生ききったらいいのだ。
 すると必ず、春が来る。


●「自分らしさ」を恐れることなく、
 むしろ愛してゆくことができるようになって、はじめて
 「他人らしさ」を認め、愛してゆけるようになるのだ。



昨日。

関西では、一日中、ものすごく冷たい風が吹いていました。

わが家の裏庭(東側)にある木々が「折れてしまうのでは?」と心配してしまった程の
強い風でした。


今朝、iPhoneで新聞を読んでいたら、
関西で木枯らし一号』の文字が!!

                 ☆参照記事はコチラ☆です。


あ〜、やっぱりねぇ。 寒いはずです。


私は、下呂での3年半の生活のおかげで、
この生駒での寒さにはまだ耐えられていますが、
寒がりな夫は家の中でも震えています。
これからの季節、朝刊の配達時、寒さが身にしみるだろうなぁ・・・。


***

『木枯らし』という単語を耳にすると、すぐに思い出すのが、
小泉今日子が歌っていた歌。(歌詞はコチラ☆より)

流行ったのが10代前半でした(Wikipediaによるとリリースは1986年)ので、
歌詞の本意を深く理解することはできなかったのですが、
心に残ったフレーズがありました。

  「恋人達はいつか 心傷つくたび 愛する意味を知る
   涙 やさしく その手に確かな夢をつかんで 〜」



心傷つくたび 愛する意味を知る

    ・
    ・
    ・

***

今日。

初めて母教会(大隅クリスチャンチャーチ)で礼拝をした日から、
13年目の記念日を迎えました。


このブログや礼拝メッセージなどでもよくお話することですが・・・


あの日。
牧師先生のお宅の、2間続きの礼拝堂に集っていたのは、
牧師家族ともう一組の家族と私。
合わせて8人。

人数は少ないけれども、一人一人が真剣に神様を求めて、礼拝していました。


それまでもイエス様のことは信じていましたし、聖書も毎日読んでました。

でも、あの日。
礼拝の中で,神様は、1歳になったばかりの女の子を用いられて、
私の冷えきった心に触れてくださいました。

依り頼んでいたものを失って、傷つき、「死にたい」と思っていた時に、
本物の、愛そのものの神様に、出会いました。


生涯を神様にささげる決意を、心の中で静かにしていたあの日 ーーー


前日までは死を選ぼうとしていたけれども、
『生きる』ことを選択できて良かった。

クリスチャンになってからも、
あの時に味わったよりもっとツライ出来事を幾度か体験してきたけれども、
そのたびに、生かされていること、愛されていることが身にしみて分かりました。


これからも、楽な人生ではないだろうけれども、
生かされている限り、Good Newsを、God's Loveを、伝えていきたい。




おきてがみ


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*today's tips*

木枯らしって、「1号」「2号」・・・って数えるんですね〜。
初めて知りました。

春は、「春一番」って言いますよね。


気になってググってみましたら、
やっぱり私と同じような質問をされていた方がいらっしゃいました。

         ☆☆☆
   春一番は「一番」で、木枯らし1号はなぜ「1号」なのですか。
   「番」と「号」の違いは何ですか。



 気象庁に聞きました。
「春一番」も「木枯らし1号」も気象庁が決めた言葉ではありません。
「春一番」は、長崎県・五島列島沖で、春先に南から吹く強風を指す
 漁師言葉から来ています。

 長崎県壱岐市役所によると、
 この風は昔から漁師仲間の間で「春一番」「春一」「カラシ花落とし」と呼ばれ、
 恐れられていました。
 1859年(安政6年)2月13日(旧暦)、
 天気が良いので壱岐から小型のはえ縄漁船が漁に出たところ、
 急に強烈な南風が吹き荒れ、53人が遭難したことがあるそうです。

 気象庁が把握している中では、
 1963年2月に新聞で「春一番」が使われました。
 全国規模で使われた最初ではないかとのことです。
 その前年には「春一号」という言葉が新聞で使われています。
 気象庁が春一番の発表を行うことを決めたのは84年7月で、
 翌年から発表しています。

 一方、木枯らし1号の言葉の由来は気象庁でもよくわかりません。
 「号」に特別な意味はなく、
 台風を「1号」、「2号」などと呼ぶのにならったのではないか、とのことです。
 新聞では73年に初めて登場しているそうです。

 気象庁は過去の観測データをもとに、
 51年以降の「木枯らし1号」を把握しています。
 木枯らし1号は気象庁が東京地方について、
 大阪管区気象台が近畿地方について発表し、
 ほかの地方で
 西高東低の気圧配置のもとで最大風速8メートル以上の北寄りの風が吹いても
 「木枯らし1号」の発表はありません。

             (2007年02月27日 読売新聞より抜粋)

東の空。


昨日の夕刻・・・

    IMG_2020.jpg

  秋になると、月を、
  早い時間帯から、しかもクッキリと、見ることができるような気がします。



夜の7時〜8時・・・

    IMG_2024.jpg

  もうすぐ満月ですね。


***

昨日のお昼から、なかなか抜け出せない思いを抱えています。

直接的には私の課題ではないのですが、
やっぱり私にとっても重大な課題です。


今朝、2時半に目覚めて、
聖書を読みながら、
祈りながら、

  ・
  ・
  ・

8時頃。東の空を見上げると、

    IMG_2025.jpg

  太陽が木の陰からちょこっとだけ顔を覗かせています。
  その右斜め上には、飛行機雲がス〜〜〜ッと伸びていました。

  「どこに向かう飛行機だったのかなぁ?」
  
  その太陽の隠れ具合と、飛行機雲を見ていたら、
  なんだか、なんだかよく分からないけれども、涙があふれてきました。



目を転じて、ほぼ同時刻の、西の空。

    IMG_2028.jpg

  光の加減がうまくいきませんでしたが、
  頭の上には、抜けるような青空が広がっていました。


詩篇121:1−4

”私は山に向かって目を上げる。
 私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る。
 主はあなたの足をよろけさせず、
 あなたを守る方はまどろむこともない。
 見よ。イスラエルを守る方は、
 まどろむこともなく、眠ることもない。”

”I will lift up my eyes to the hills
  [around Jerusalem, to sacred Mount Zion and Mount Moriah] ー
 From whence shall my help come ?
 My help comes from the Lord, Who made heaven and earth.
 he will not allow your foot to slip or to be moved;
 He Who keeps you will not slumber.
 Behold, He who keeps Israel will neither slumber nor sleep.”


  教会で礼拝してきます。



おきてがみ


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*today's music*

行き詰まりを覚える時。
初心に戻りたい時。

私が(意識的にも、無意識にも)まず初めにchoiceするDVD、
Billy Graham Music Homecoming 2 』より。

  

詩篇19:7〜14

”主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、
 主のおしえは確かで、わけまえのない者を賢くする。
 主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、
 主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。

 主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。
 主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。
 それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。
 蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。
 また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。
 それを守れば、報いは大きい。
 
 だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。
 どうか、隠れている私の罪をお赦し下さい。
 あなたのしもべを、傲慢から守ってください。
 それらが私を支配しませんように。
 そうすれば、私は全き者となり、
 大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。
 私の口のことばと、私の心の思いとが
 御前に、受け入れられますように。
 わが岩、わが贖い主、主よ。”



***

今朝方、水を飲みに階下に下りて、そのまま(2階に戻らず)
神学生時代に使っていた聖書を開いて通読していました。
 (最近使っている聖書は寝室に置いたままだったため)


聖書は数冊もっていますが、一番愛着があるのは、
短大のときに購入した小型聖書です。
まだイエス様を信じる前に購入した聖書でしたが、
何度も何度も読んで、
寝るときにもいつでも読めるように枕元に置いていたので、
皮のカバーも中身もボロボロになってしまいました。

そこで新たに購入したのが、今朝久しぶりに開いたチェーン式バイブル。
『購入年月 1998年6月』と裏表紙にメモ書きしてありますので、
生駒聖書学院に入学して1年目に購入したようです。


   ☆☆

ちょっと話が脱線しますが・・・。


学院生時代。

午前中の講義の後、週3日は伝道集会。
週2〜3日のバイト。
加えて、学期毎の院外(聖会)奉仕。

日曜日と土曜日は、もちろん教会。

スケジュールはいっぱい詰まっていた感が(当時は)ありましたが、
それでも、寮は個室で1人になれるし、
自由に使える時間も今よりももっとあった。

空いた時間は個人祈祷室で祈っていることが多かったとはいえ、
3年間の通読回数が通算でたったの13回とはもったいない話。


あの、超充実している(=多忙な)院長先生でさえ、
あの時期、年間12回くらい通読をされていましたし、
それを間近で見ていたのに、何を学んでいたんでしょう。私は。


もちろん回数が重要ではないけれども、今振り返ってみて、
「もうちょっとどうにかなったでしょうに、私!!」
と、当時の自分につっこみを入れたくなります。
時間の使い方とか、
何により焦点を当てて(フォーカスして)いくかとか。


きっと、10年後、
今の自分にまた同じようなツッコミを入れているかもしれませんけれど・・・。
  遅々としたペースであったとしても、
  ちょっとは成長しているからツッコミできるのですよね。きっと。



***

話を戻しますね。


イエス様を救い主として信じて、洗礼を受けた日以来、
ほぼ毎日(分娩台の上にいたときなどを除いて)
デボーション・ジャーナルをつけていて、
礼拝のメッセージなどもそのノートに書きとめています。

ですから、基本的に私の聖書はあまり書き込みがなく、
ページをめくるときにつく『よれ』と『手あか』の方が目立つのですが。(笑)

学院生時代に使っていた聖書には、
ところどころメッセージ(特に副院長先生の)の要点がかきとめてありました。


副院長のM田先生の、
よくよく吟味され紡ぎ出されるひとつひとつの言葉は、
心のひだの隅々にまでしみ込んできます。


***

11年前、初めてケニアに行きました。

アフリカのこどもたちに、その瞳を生き生きと輝かせるような『何か』を届けたい。
それが、わたしの、子どもの頃からの夢でした。

そのケニア宣教旅行の前日、思いがけないアクシデントが起こりました。

いや、その数ヶ月前から、高熱のため片耳の聴力を失っていたのですが、
そのことに関連して、ツライ出来事を、前日と当日の朝に体験しました。

そのことで、私の心はとても重く、経由地の韓国で同室の先輩に相談しました。

すると、話を最後まで、黙って聞いてくださっていた先輩がおっしゃいました。

「つらかったね。ほんとに。
 でもね、それは、私に話すことではないよ。
 まず姉妹が神様の前で心を注ぎ出す。
 そして、当事者同士で話し合う。
 それでも、どうしても解決が難しいときには、責任者の学院長先生に相談する。
 人に話すと心の痛みは和らぐけれど、余計にこじれる場合もあるよ。
 この話は私のところで止めておくからね!」


「え〜〜〜〜っ?!」と一瞬戸惑いもしましたが、
先輩のアドバイスに従ったところ、その問題は速やかに解決しました。


心弱った私に口先だけの慰めを語るのではなく、
聖書の基準に堅く立って、敢えて苦言を呈し(アドバイスし)てくださった先輩。
リーダーとして、信仰の友として、心から尊敬しています。


私の心の宝箱の中に入れていて、
折りにふれて取り出し、自分に言い聞かせている大切な言葉です。



   ☆☆

時が移り変わり、
ファッションも、世の中の価値観も、どんどん変わっていく中にあって、
10年前に聞いたメッセージ&アドバイスが、まったく色あせることなく、
いまの私の心にも響いてきます。


”神のことばは生きていて力がある。”

”草は枯れ、花はしぼむ。
 しかし神のことばは永遠に堅く立つ。”



***

PS:

今朝、聖書を読みながら、学院生時代のことをしばし思い返していました。
3年間、ほんとに色々なことがありました。

順境の中にあってはともに喜んでくれる。さらなる成長のために提示してくれる。
逆行の中にあっては共に泣き、苦いアドバイスをくれる。叱ってくれる。

そういう関わりをもてた友人たちのことを、
本当に貴く、欠かせない存在だったなぁと今更ながらに思えます。

みんなどうしてるかなぁ。ひさしぶりに会いたいなぁ。





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***

第2サムエル記 23:1〜5

”これはダビデの最後のことばである。

 エッサイの子ダビデの告げたことば。
 高くあげられた者、ヤコブの神に油そそがれた者の告げたことば。
 イスラエルの麗しい歌。

 「主の霊は、私を通して語り、そのことばは、私の舌の上にある。
  イスラエルの神は仰せられた。
  イスラエルの岩は私に語られた。

  『義をもって人を治める者、
   神を恐れて治める者は、
   太陽の上る朝の光、
   雲一つない朝の光のようだ。
   雨の後に、地の若草を照らすようだ。』

  まことにわが家は、このように神とともにある。
  とこしえの契約が私に立てられているからだ。
  このすべては備えられ、また守られる。
  まことに神は、私の救いと願いとを、
  すべて、育て上げてくださる。”


***

月の美しい夜です。


月明かりに映し出された木々のシルエットが、
『神秘的な美しさ』を醸し出しています。

そして、自分の心の中を整理せずにおれなくなるような『静粛』・・・。




   ☆☆

しばし外で祈っていると、背後から

「わ〜〜〜っ。月がきれいねぇ」とムスメの元気な声。


ムスメの横では、外に出たっきりの母親を求めて、
ジナンが、
ガラスサッシにベッタ〜〜〜と顔をくっつけています。



幼い子ども3人いますので、ひとりになることって、ないです。
いっつも、3人のうちの誰かと一緒です。

ですから、物理的に寂しさを覚えることはないですね。


でも、不思議なことに、
子どもたちが、私の耳元で、大声ではしゃぎまわっている最中でさえも、
「なんか、さみしいな」と思うことがあります。


それは、例えば、
ムスメが摘んできてくれた野花がしおれてしまった時。

遠く離れた友人が、寂しさを覚えていることを知った時。

いつも一緒にいる子どもたちに「ちゃんとこっち見て。」と叱られた時。

それから、
今夜のように、美しい月を見て「きれいな月だね」って分かち合える人がいない時。




   ☆☆

喜び、感動、悲しみ、痛み。・・・
分かち合える人がいるということは、幸せなことだと思う。


関心を寄せる人、
祈り合い、愛し合う人がいることは、なんて幸せなことだろうと思う。


時を越え,場所を越え,どんな状況の中にあっても、
イエス様が共に歩んでくださることは、この上もなく幸せなことだと思う。




まことの救い主に目を向ける。
そして、明日からの歩みに目を向ける。

月明かりの下で。



***

ここ数日、更新できていないにもかかわらず、
多くの方が訪問くださり(またブログ村バナーをクリックしてくださり)、
ありがとうございます。


日曜日の夜〜 子どもたちが順に風邪をひいておりましたので、
看病と、快復した子の相手に時間を多く割くために、
PCに向かう時間を極力減らしておりました。

インフルエンザではなく、熱は1日でひきましたが、
3人とも(+夫も含めて4人)咳と鼻水が続いているようです。



週が明けると、11月に入ります。
季節が進み、より冷え込んでくることと思います。

皆さまも、くれぐれもご自愛くださいますように。



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真実。

Author:真実。
Hallelujah !! 

岐阜県下呂市にて
2005年3月〜教会開拓。
(夫の学びのため現在休止中)

夫&1女2男の子どもたちと、
奈良県生駒市在住。

教会のこと、育児のこと、
日常の出来事など綴っています。


おきてがみ


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